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夏目漱石-吾輩は猫である(我是猫)
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终于看完了,最近看书很慢。

很好看,就是要用心去看的一本,不然会看不进去。很多段落都让我拍案叫奇。虽然是100年前写的,却也和现在的社会没有脱节感。甚至常会看到有共鸣的桥段出现。这是本读完还会很想读第二遍看细节的书。

看的这个版本是上海译文出版的由刘振瀛先生翻译的,翻译得非常好,可见确实很花费了一番功夫。

之后会挑喜欢的段落放上来。

自己看的翻译版本网上上找不到,网上的中文翻译不如刘先生翻译的。最后决定直接扔日文上来算了。选了几段相对比较短,又很有意思的话。

---中日分割线---

なぜ無理に聞えないかと云うと、これは心理的に説明するとよく分ります。実を云うと惚れるとか惚れないとか云うのは俳人その人に存する感情で烏とは没交渉の沙汰であります。しかるところあの烏は惚れてるなと感じるのは、つまり烏がどうのこうのと云う訳じゃない、必竟(ひっきょう)自分が惚れているんでさあ。虚子自身が美しい女の行水(ぎょうずい)しているところを見てはっと思う途端にずっと惚れ込んだに相違ないです。さあ自分が惚れた眼で烏が枝の上で動きもしないで下を見つめているのを見たものだから、ははあ、あいつも俺と同じく参ってるなと癇違(かんちが)いをしたのです。癇違いには相違ないですがそこが文学的でかつ積極的なところなんです。自分だけ感じた事を、断りもなく烏の上に拡張して知らん顔をしてすましているところなんぞは、よほど積極主義じゃありませんか。どうです先生

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吾人の評価は時と場合に応じ吾輩の眼玉のごとく変化する。吾輩の眼玉はただ小さくなったり大きくなったりするばかりだが、人間の品隲(ひんしつ)とくると真逆(まっさ)かさまにひっくり返る。ひっくり返っても差(さ)し支(つか)えはない。物には両面がある、両端(りょうたん)がある。両端を叩(たた)いて黒白(こくびゃく)の変化を同一物の上に起こすところが人間の融通のきくところである。方寸を逆(さ)かさまにして見ると寸方となるところに愛嬌(あいきょう)がある。天(あま)の橋立(はしだて)を股倉(またぐら)から覗(のぞ)いて見るとまた格別な趣(おもむき)が出る。

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自然は真空を忌(い)むごとく、人間は平等を嫌うと云う事だ。すでに平等を嫌ってやむを得ず衣服を骨肉のごとくかようにつけ纏(まと)う今日において、この本質の一部分たる、これ等を打ちやって、元の杢阿弥(もくあみ)の公平時代に帰るのは狂人の沙汰である。よし狂人の名称を甘んじても帰る事は到底出来ない。帰った連中を開明人(かいめいじん)の目から見れば化物である。仮令(たとい)世界何億万の人口を挙(あ)げて化物の域に引ずりおろしてこれなら平等だろう、みんなが化物だから恥ずかしい事はないと安心してもやっぱり駄目である。世界が化物になった翌日からまた化物の競争が始まる。着物をつけて競争が出来なければ化物なりで競争をやる。赤裸(あかはだか)は赤裸でどこまでも差別を立ててくる。この点から見ても衣服はとうてい脱ぐ事は出来ないものになっている。

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僕はそう云う点になると西洋人より昔(むか)しの日本人の方がよほどえらいと思う。西洋人のやり方は積極的積極的と云って近頃大分(だいぶ)流行(はや)るが、あれは大(だい)なる欠点を持っているよ。第一積極的と云ったって際限がない話しだ。いつまで積極的にやり通したって、満足と云う域とか完全と云う境(さかい)にいけるものじゃない。向(むこう)に檜(ひのき)があるだろう。あれが目障(めざわ)りになるから取り払う。とその向うの下宿屋がまた邪魔になる。下宿屋を退去させると、その次の家が癪(しゃく)に触る。どこまで行っても際限のない話しさ。西洋人の遣(や)り口(くち)はみんなこれさ。ナポレオンでも、アレキサンダーでも勝って満足したものは一人もないんだよ。人が気に喰わん、喧嘩をする、先方が閉口しない、法庭(ほうてい)へ訴える、法庭で勝つ、それで落着と思うのは間違さ。心の落着は死ぬまで焦(あせ)ったって片付く事があるものか。寡人政治(かじんせいじ)がいかんから、代議政体(だいぎせいたい)にする。代議政体がいかんから、また何かにしたくなる。川が生意気だって橋をかける、山が気に喰わんと云って隧道(トンネル)を堀る。交通が面倒だと云って鉄道を布(し)く。それで永久満足が出来るものじゃない。さればと云って人間だものどこまで積極的に我意を通す事が出来るものか。西洋の文明は積極的、進取的かも知れないがつまり不満足で一生をくらす人の作った文明さ。日本の文明は自分以外の状態を変化させて満足を求めるのじゃない。西洋と大(おおい)に違うところは、根本的に周囲の境遇は動かすべからざるものと云う一大仮定の下(もと)に発達しているのだ。親子の関係が面白くないと云って欧洲人のようにこの関係を改良して落ちつきをとろうとするのではない。親子の関係は在来のままでとうてい動かす事が出来んものとして、その関係の下(もと)に安心を求むる手段を講ずるにある。夫婦君臣の間柄もその通り、武士町人の区別もその通り、自然その物を観(み)るのもその通り。――山があって隣国へ行かれなければ、山を崩すと云う考を起す代りに隣国へ行かんでも困らないと云う工夫をする。山を越さなくとも満足だと云う心持ちを養成するのだ。それだから君見給え。禅家(ぜんけ)でも儒家(じゅか)でもきっと根本的にこの問題をつらまえる。いくら自分がえらくても世の中はとうてい意のごとくなるものではない、落日(らくじつ)を回(めぐ)らす事も、加茂川を逆(さか)に流す事も出来ない。ただ出来るものは自分の心だけだからね。心さえ自由にする修業をしたら、落雲館の生徒がいくら騒いでも平気なものではないか、今戸焼の狸でも構わんでおられそうなものだ。

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ことによると社会はみんな気狂の寄り合かも知れない。気狂が集合して鎬(しのぎ)を削(けず)ってつかみ合い、いがみ合い、罵(ののし)り合い、奪い合って、その全体が団体として細胞のように崩(くず)れたり、持ち上ったり、持ち上ったり、崩れたりして暮して行くのを社会と云うのではないか知らん。その中で多少理窟(りくつ)がわかって、分別のある奴はかえって邪魔になるから、瘋癲院(ふうてんいん)というものを作って、ここへ押し込めて出られないようにするのではないかしらん。すると瘋癲院に幽閉されているものは普通の人で、院外にあばれているものはかえって気狂である。気狂も孤立している間はどこまでも気狂にされてしまうが、団体となって勢力が出ると、健全の人間になってしまうのかも知れない。大きな気狂が金力や威力を濫用(らんよう)して多くの小気狂(しょうきちがい)を使役(しえき)して乱暴を働いて、人から立派な男だと云われている例は少なくない。何が何だか分らなくなった

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今の人の自覚心と云うのは自己と他人の間に截然(せつぜん)たる利害の鴻溝(こうこう)があると云う事を知り過ぎていると云う事だ。そうしてこの自覚心なるものは文明が進むにしたがって一日一日と鋭敏になって行くから、しまいには一挙手一投足も自然天然とは出来ないようになる。ヘンレーと云う人がスチーヴンソンを評して彼は鏡のかかった部屋に入(はい)って、鏡の前を通る毎(ごと)に自己の影を写して見なければ気が済まぬほど瞬時も自己を忘るる事の出来ない人だと評したのは、よく今日(こんにち)の趨勢(すうせい)を言いあらわしている。寝てもおれ、覚(さ)めてもおれ、このおれが至るところにつけまつわっているから、人間の行為言動が人工的にコセつくばかり、自分で窮屈になるばかり、世の中が苦しくなるばかり、ちょうど見合をする若い男女の心持ちで朝から晩までくらさなければならない。悠々(ゆうゆう)とか従容(しょうよう)とか云う字は劃(かく)があって意味のない言葉になってしまう。この点において今代(きんだい)の人は探偵的である。泥棒的である。探偵は人の目を掠(かす)めて自分だけうまい事をしようと云う商売だから、勢(いきおい)自覚心が強くならなくては出来ん。泥棒も捕(つか)まるか、見つかるかと云う心配が念頭を離れる事がないから、勢自覚心が強くならざるを得ない。今の人はどうしたら己(おの)れの利になるか、損になるかと寝ても醒(さ)めても考えつづけだから、勢探偵泥棒と同じく自覚心が強くならざるを得ない。二六時中キョトキョト、コソコソして墓に入(い)るまで一刻の安心も得ないのは今の人の心だ。文明の咒詛(じゅそ)だ。馬鹿馬鹿しい

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「生れる時には誰も熟考して生れるものは有りませんが、死ぬ時には誰も苦にすると見えますね」と寒月君がよそよそしい格言をのべる。

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以上
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[2010/05/25 00:42] | Books | トラックバック(0) | コメント(6) | page top
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コメント
我喜歡natsume soseki的kokoro。。。赫赫。。。
[2010/05/25 07:08] URL | mly #qVlLXp5U [ 編集 ] | page top
手头的书看完了再找来看~嘻嘻~
[2010/05/25 09:37] URL | im #GHlFgA9. [ 編集 ] | page top
其實吾輩は猫である我也一直想看可是都沒時間找出來看的||||| 之前看了online的看了個頭,太痛苦,我喜歡紙頭的。
[2010/05/25 11:17] URL | mly #qVlLXp5U [ 編集 ] | page top
我也喜欢纸质的~不过若没有的话~电脑上看也没关系~我电子书也有一堆一堆的~
这本要用心才看得进去~
[2010/05/25 14:24] URL | im #GHlFgA9. [ 編集 ] | page top
刚到手了《1Q84》 ,看来看完以后 应该找 夏目漱石 来欣赏欣赏勒~
[2010/06/03 21:14] URL | 达芬奇 #ies1LsUc [ 編集 ] | page top
强推
[2010/06/04 00:18] URL | im #GHlFgA9. [ 編集 ] | page top
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